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<  2008年 01月   >
会社沿革
(1)会社の沿革

弊社、有限会社 丸万フォレスターズは、平成13年11月1日に設立いたしておりますが、創業は終戦直後の昭和20年前後、現、代表取締役 竹川民生の祖父、竹川初之が、医療軍人としての任務を終え、当地に帰ってきた時に端を発します。帰宅後、馬にて山林などで原木を出材するかたわら、自宅を使い雑貨店の経営を始めます。
当時の屋号は「萬や」(よろずや)でありました。この「萬」の「まん」が万になり、後の丸万につながることになります。何年か後、当地、新城市布里(当時の鳳来寺村布里)に魚などの木箱の木取りをする仕事、いわゆる製函業が、ある人物(誰なのかは不明)によって伝わり、この地はその製函業を営む事業所で賑わったといいます。その頃「萬や」は屋号を「丸万製函所」と変更し、その製函業を営むようになりました。当時の主力商品は佃煮をいれる木箱で、出荷先は名古屋市だったようです。その後、この地の業者が廃業や製材業へと変貌していくなかで、丸万製函所は代表者が初之の長男 竹川 久へ引き継がれます。そして主力商品を魚のしらすの木箱へ移行させ、製材工場を新設して営業を続けました。昭和も50年代後半になると、木箱は発泡スチロールやダンボールに取って代わられ、仕事量の減少により苦しい経営を強いられるようになりました。そしてひとつの転機が訪れます。出入りしていた業者から輸出機械の木材梱包の仕事を紹介され、ふたたび経営が順調になります。使用樹種も内地材から外材へと変更し、さらに製材工場の一部の設備を増設し、三菱自動車関係木箱、パレット材の木取りなどを生業としました。時代は昭和から平成へ移ります。平成元年5月、代表 竹川 久の長男、竹川民生が修行先の㈱山西(名古屋市)を退社し、丸万製函所に入社しました。そのころから、梱包商品の多様化に対応し、主力を川崎製鉄(現JFEスチール)の重量梱包と、梱包製品だけではなくハウスメーカーの下地材の製材ピッキング作業の2本だてに変更しました。その後、平成13年11月1日、有限会社 丸万フォレスターズを設立し、竹川民生が代表取締役に就任し、現在にいたっております。
by morinobangoya | 2008-01-22 16:23 | 会社沿革
会社情報
(1)商号     有限会社 丸万フォレスターズ

(2)住所     441-1955
          愛知県新城市布里字松ヶ根10番地1

(3)TEL     (0536)36-0122

(4)FAX     (0536)36-0536

(5)資本金    900万円

(6)事業内容   間伐材を利用したパレット、梱包材、土木用材の製造販売、
           建築材の製造販売、絵画の販売   
by morinobangoya | 2008-01-22 16:22 | 会社情報
謹賀新年
今年もよろしくお願いします。
昨年末沖縄で子供たちがつくったシーサーが焼きあがって我が家に届きました。
マイ沖縄ブームは今も続いていて、今年の正月は妻の実家で某オークションで落札した海ブドウをさかなに泡盛でもりあがりました。
次回の更新から我が社の業務内容などを色濃くアップしていきたいと思います。

本年もよい年にしていきたいと思います。
by morinobangoya | 2008-01-07 00:29 | 森の番人s cafe
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